※夏編エピローグその1
ついうっかりと。
ついうっかりと。
*
「結局、当事者がリタイアとかどうなんだ」
車中、運転席で夏彦がぼやく。
一番運転手としての走行距離が長い夏彦は、明らかに疲労の度合いが色濃い。
「庵は右脳で生きてますから、後先考えてるようで考えてやしませんよ先輩」
ホント申し訳ないですけども、と一応表面的には申し訳なさそうに晶が後部座席でわびると、「知っとる」とそっけない返答が帰ってくる。
「で、でも、僕は楽しかったですけど」
夏バテもしましたけど、本当ですよ!と強調する助手席の敦に、「分かってるって」と夏彦は軽く掌で小突く。
「皆さん、何だかんだで楽しまれてたんですね」
いいなあ、私もドライブ旅行とかしてみたいですと和やかに微笑む杏奈の一言が、そのまま旅の総括と言えた。
全員庵の思いつきに巻き込まれとはいえ、きっとこの場にいない大輔もきっと、同じ思いであるに違いない。
「楽しかったですよ。そりゃあ、こんなバカなこと、誰かが音頭取らない限りしなかったでしょうし」
「だよなあ。でもって、俺ら全員都合が良いとかこういうのも奇跡に近いし」
俺はあと少し日程ずれてたらラグナ自動車のラボにこもってたとこだったぞ、と夏彦は感慨深げに呟く。
「…でも、これで大学生活は悔い無いな。心おきなく研究棟にひきこもれるってもんだ」
しこたまクイズ行脚出来たぞ!と満足げな夏彦に「麻美先輩に叱られますよ」と杏奈がチクリと釘を刺す。
「先輩、安藤さんに持っていくお弁当のレシピにいつも苦慮されてるそうですよ。栄養偏らないようにって」
「ぬっ!…あっ、そう、なんですか…いやそれはその」
「ビスコときなこもちばかりじゃダメだと思いますよ?」
「麻美さん、どこまでクイ研の皆さんに!?」
車内がどっと沸く中で、夏彦は一人小さくなって運転席で肩をすくめる。
「アナマリアのクイ研はみんなオープンですから。あんまり隠し事とかもないんですよ」
皆さんもそうですよね、と話を振られ、晶はですねーと返すも、敦はふいに押し黙る。
「あのぅ」
「うん?敦どうしたの」
「実は…ずっと確認したかったことがあるのですが」
「うん、何かな」
敦は見てもよく分からないでいる交通マップを丁寧に折りたたむと、神妙な面持ちで口を開く。
「大輔さんがおられたので、言い辛くて…でも、もしかしたら、僕だけが知ってるのか、もしくは皆さん知ってて黙ってるのか分からなかったので、ずっとむずむずしてた事がありまして」
「うんうん」
「あの…安藤先輩も、晶先輩も…実は、その、大輔さんの事、知ってた…ん、ですかね?」
「うん?」
「サツマさんのことですか?」
「は?」
唐突に杏奈が話に割り入ってきたことで、晶は間抜けな声を出し、夏彦は赤信号で急停車し車内全員が前のめりにつんのめる。
「ゴメン、話が見えないし読めない。何で大輔さんの話にサツマさん…元チャンプの話が出るの?」
「え?だってサツマさんはイコール大輔さんでしょう?」
「そう!それを僕は偶然知ってしまって、でももしかしてアンサー業界では有名なのk…」
敦は言い終わらぬ間に夏彦と晶の顔がポカンとしているのを察し、杏奈同様に「しまった」と顔を強ばらせた。
「ちょっと待て、そこのコンビニに停めるぞ!」
そそくさと県道脇のコンビニ駐車場へ滑り込むと、クーラーのため電源オンのままアイドリングを止めて停車する。
夏彦と晶の視線が、左座席で小さくなっている敦と杏奈に注がれる。
「杏奈さん」
「は、はい…」
「今、貴女はとても重要なことを口走りませんでしたか?」
「いえその…九州アンサーでは常識だったそうで…とはいえ、私も地元に帰省した時に大輔さんのお話したら、曙ちゃんにこうこうこれよと聞かされて初めて知ったくらいでして…で、その時にアンアンには知らせたらダメよ!絶対ダメよ!ドッキリ企画なんだから絶対お口にチャック!って言われてましたので、知らないふりしてましたごめんなさい!」
部屋の隅っこで震えるハムスターのような愛くるしさで美女にごめんなさいと言われたら、「いいんですよ」と良い笑顔で許さざるをえまい。勿論、晶も夏彦も「そういう事情なら」と即座に察する。
「で、敦は一体どこで」
「名古屋のゲーセンで…その、僕その日に食べたモーニングの『ボリュームたっぷりバター小倉トースト』がきつかったみたいで、お腹がくるくるして大の方に入ったんですね。で、そのすぐ後に大輔さんが来られて」
「ふんふん」
確かに、あの日敦は最初観戦すると言ってセコンドに回り、庵と典生さんの試合の途中でトイレへと駆け込んでいたような。
「で、僕がそろそろ出ようかなと思ってたら、典生さんが入ってくる音がして、で、そういう会話してて…」
「そういう会話って」
「えーっと、王者がどうとか、サツマくん勝負しないかって…それでググって、自分でネットで調べてやっと分かりました。で、後で気付いたんですけどあの時既にスポーツジャンマスの話とか奥様の話とかされてたのに、僕、最初の王者がどうとかで気が動転して、ひとまず落ち着くまで深呼吸してトイレ出て、それからしばらく黙って様子見してました。大輔さんにも聞けずじまいだったし、皆さんもしや知ってたとしても、当の庵先輩が全く知らないっぽかったのでみんなで黙ってるのかもしれないとか考えてたらグチャグチャしてきて、その後はバイトとか台風とか宮島とかですっかり忘れてて」
「分かった落ち着け。…つまり、俺らが知ってるかどうか分からないし、庵は本当に正体知らないっぽかったから黙ってた、でファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー、ですぅ」
涙目な敦に、一同絶句し、数秒後静かに夏彦の鼻から「う~~~ん…」と唸る音だけが車内に響く。
「晶、どうだ」
「初耳です」
と言いますか、知ってたら絶対九州大会の決勝で勝てなかったですよ!と晶は鼻息も荒く大声で反論する。と、夏彦は苦笑いで、そうだろうなあと運転席から背後へ首をにゅっと突き出す。
「お前、良くも悪くもブランドに弱いもんな」
夏彦のしたり顔に、晶は渋面になるも言い返さない。
その点に関しては反論するまでもなく自覚している。
「いや、でも…今のタイミングで知って良かったかな」
「だな。俺もそう思ったよ」
夏彦の同意に小さく頷くと、晶はそっと杏奈に視線を向ける。
杏奈は「?」と首を傾げるばかりであったが、同時刻の博多では。
「ぶえっくしょい!」
店のカウンターを拭き掃除してた大輔が、豪快にくしゃみを飛ばしていた。
「ううっ、くそ…二日酔いで風邪引いたかな…」
まさか噂されているとも知らず、呑気に店支度を手伝う割烹着姿の大輔に、おかみさんが「ダイ、電話あったと」と奥から大声を張り上げる。
「電話?誰から?」
「小野田さん!何でも、盆が済んだらもっかい連れてってよかかとよ。よかと言うといたけんね」
「ちょ、勝手に決めんなよ!内容聞いてな…」
「遊びの誘いば断っても良かったんか!?」
「あ、それならオッケー。そうならそうと先に言ってくれよ」
「いいから、さっさと拭かんね」
「へえーい」
この数時間後、途中下車で立ち寄った庵に事の顛末を聞かされて、カウンター越しに「無責任だなおめえは!」とどやしつける彼の姿があったそうだが、その後散々説教を垂れて天下のクイズ王をへこませると、何故か手土産に両手へ紙袋一杯の自店の豚骨ラーメンセット(箱入り三食セット)をお持たせして駅までバイクで送り届ける姿が、一足早く迎え(遊び)に来た友人によって目撃されたという。
後日、友人の友人越しに話を聞いたアーサー大の面々は「さもありなん」と九州王者の人徳に納得し、大輔もまた自分が九州王者であるという事実が庵以外に知れ渡ったことを知って酒席でのたうつ程に赤面するのであるが、それはまた秋の話である。
【8月15日・もう少しだけ続くんじゃよ・次で夏編終わり】
「結局、当事者がリタイアとかどうなんだ」
車中、運転席で夏彦がぼやく。
一番運転手としての走行距離が長い夏彦は、明らかに疲労の度合いが色濃い。
「庵は右脳で生きてますから、後先考えてるようで考えてやしませんよ先輩」
ホント申し訳ないですけども、と一応表面的には申し訳なさそうに晶が後部座席でわびると、「知っとる」とそっけない返答が帰ってくる。
「で、でも、僕は楽しかったですけど」
夏バテもしましたけど、本当ですよ!と強調する助手席の敦に、「分かってるって」と夏彦は軽く掌で小突く。
「皆さん、何だかんだで楽しまれてたんですね」
いいなあ、私もドライブ旅行とかしてみたいですと和やかに微笑む杏奈の一言が、そのまま旅の総括と言えた。
全員庵の思いつきに巻き込まれとはいえ、きっとこの場にいない大輔もきっと、同じ思いであるに違いない。
「楽しかったですよ。そりゃあ、こんなバカなこと、誰かが音頭取らない限りしなかったでしょうし」
「だよなあ。でもって、俺ら全員都合が良いとかこういうのも奇跡に近いし」
俺はあと少し日程ずれてたらラグナ自動車のラボにこもってたとこだったぞ、と夏彦は感慨深げに呟く。
「…でも、これで大学生活は悔い無いな。心おきなく研究棟にひきこもれるってもんだ」
しこたまクイズ行脚出来たぞ!と満足げな夏彦に「麻美先輩に叱られますよ」と杏奈がチクリと釘を刺す。
「先輩、安藤さんに持っていくお弁当のレシピにいつも苦慮されてるそうですよ。栄養偏らないようにって」
「ぬっ!…あっ、そう、なんですか…いやそれはその」
「ビスコときなこもちばかりじゃダメだと思いますよ?」
「麻美さん、どこまでクイ研の皆さんに!?」
車内がどっと沸く中で、夏彦は一人小さくなって運転席で肩をすくめる。
「アナマリアのクイ研はみんなオープンですから。あんまり隠し事とかもないんですよ」
皆さんもそうですよね、と話を振られ、晶はですねーと返すも、敦はふいに押し黙る。
「あのぅ」
「うん?敦どうしたの」
「実は…ずっと確認したかったことがあるのですが」
「うん、何かな」
敦は見てもよく分からないでいる交通マップを丁寧に折りたたむと、神妙な面持ちで口を開く。
「大輔さんがおられたので、言い辛くて…でも、もしかしたら、僕だけが知ってるのか、もしくは皆さん知ってて黙ってるのか分からなかったので、ずっとむずむずしてた事がありまして」
「うんうん」
「あの…安藤先輩も、晶先輩も…実は、その、大輔さんの事、知ってた…ん、ですかね?」
「うん?」
「サツマさんのことですか?」
「は?」
唐突に杏奈が話に割り入ってきたことで、晶は間抜けな声を出し、夏彦は赤信号で急停車し車内全員が前のめりにつんのめる。
「ゴメン、話が見えないし読めない。何で大輔さんの話にサツマさん…元チャンプの話が出るの?」
「え?だってサツマさんはイコール大輔さんでしょう?」
「そう!それを僕は偶然知ってしまって、でももしかしてアンサー業界では有名なのk…」
敦は言い終わらぬ間に夏彦と晶の顔がポカンとしているのを察し、杏奈同様に「しまった」と顔を強ばらせた。
「ちょっと待て、そこのコンビニに停めるぞ!」
そそくさと県道脇のコンビニ駐車場へ滑り込むと、クーラーのため電源オンのままアイドリングを止めて停車する。
夏彦と晶の視線が、左座席で小さくなっている敦と杏奈に注がれる。
「杏奈さん」
「は、はい…」
「今、貴女はとても重要なことを口走りませんでしたか?」
「いえその…九州アンサーでは常識だったそうで…とはいえ、私も地元に帰省した時に大輔さんのお話したら、曙ちゃんにこうこうこれよと聞かされて初めて知ったくらいでして…で、その時にアンアンには知らせたらダメよ!絶対ダメよ!ドッキリ企画なんだから絶対お口にチャック!って言われてましたので、知らないふりしてましたごめんなさい!」
部屋の隅っこで震えるハムスターのような愛くるしさで美女にごめんなさいと言われたら、「いいんですよ」と良い笑顔で許さざるをえまい。勿論、晶も夏彦も「そういう事情なら」と即座に察する。
「で、敦は一体どこで」
「名古屋のゲーセンで…その、僕その日に食べたモーニングの『ボリュームたっぷりバター小倉トースト』がきつかったみたいで、お腹がくるくるして大の方に入ったんですね。で、そのすぐ後に大輔さんが来られて」
「ふんふん」
確かに、あの日敦は最初観戦すると言ってセコンドに回り、庵と典生さんの試合の途中でトイレへと駆け込んでいたような。
「で、僕がそろそろ出ようかなと思ってたら、典生さんが入ってくる音がして、で、そういう会話してて…」
「そういう会話って」
「えーっと、王者がどうとか、サツマくん勝負しないかって…それでググって、自分でネットで調べてやっと分かりました。で、後で気付いたんですけどあの時既にスポーツジャンマスの話とか奥様の話とかされてたのに、僕、最初の王者がどうとかで気が動転して、ひとまず落ち着くまで深呼吸してトイレ出て、それからしばらく黙って様子見してました。大輔さんにも聞けずじまいだったし、皆さんもしや知ってたとしても、当の庵先輩が全く知らないっぽかったのでみんなで黙ってるのかもしれないとか考えてたらグチャグチャしてきて、その後はバイトとか台風とか宮島とかですっかり忘れてて」
「分かった落ち着け。…つまり、俺らが知ってるかどうか分からないし、庵は本当に正体知らないっぽかったから黙ってた、でファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー、ですぅ」
涙目な敦に、一同絶句し、数秒後静かに夏彦の鼻から「う~~~ん…」と唸る音だけが車内に響く。
「晶、どうだ」
「初耳です」
と言いますか、知ってたら絶対九州大会の決勝で勝てなかったですよ!と晶は鼻息も荒く大声で反論する。と、夏彦は苦笑いで、そうだろうなあと運転席から背後へ首をにゅっと突き出す。
「お前、良くも悪くもブランドに弱いもんな」
夏彦のしたり顔に、晶は渋面になるも言い返さない。
その点に関しては反論するまでもなく自覚している。
「いや、でも…今のタイミングで知って良かったかな」
「だな。俺もそう思ったよ」
夏彦の同意に小さく頷くと、晶はそっと杏奈に視線を向ける。
杏奈は「?」と首を傾げるばかりであったが、同時刻の博多では。
「ぶえっくしょい!」
店のカウンターを拭き掃除してた大輔が、豪快にくしゃみを飛ばしていた。
「ううっ、くそ…二日酔いで風邪引いたかな…」
まさか噂されているとも知らず、呑気に店支度を手伝う割烹着姿の大輔に、おかみさんが「ダイ、電話あったと」と奥から大声を張り上げる。
「電話?誰から?」
「小野田さん!何でも、盆が済んだらもっかい連れてってよかかとよ。よかと言うといたけんね」
「ちょ、勝手に決めんなよ!内容聞いてな…」
「遊びの誘いば断っても良かったんか!?」
「あ、それならオッケー。そうならそうと先に言ってくれよ」
「いいから、さっさと拭かんね」
「へえーい」
この数時間後、途中下車で立ち寄った庵に事の顛末を聞かされて、カウンター越しに「無責任だなおめえは!」とどやしつける彼の姿があったそうだが、その後散々説教を垂れて天下のクイズ王をへこませると、何故か手土産に両手へ紙袋一杯の自店の豚骨ラーメンセット(箱入り三食セット)をお持たせして駅までバイクで送り届ける姿が、一足早く迎え(遊び)に来た友人によって目撃されたという。
後日、友人の友人越しに話を聞いたアーサー大の面々は「さもありなん」と九州王者の人徳に納得し、大輔もまた自分が九州王者であるという事実が庵以外に知れ渡ったことを知って酒席でのたうつ程に赤面するのであるが、それはまた秋の話である。
【8月15日・もう少しだけ続くんじゃよ・次で夏編終わり】
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