影、舞い降りる。
*
おーにさんこーちら
てーのなるほうへー
おいでぇ
おいでぇ おいでぇ
おいでぇ おいでぇ おいでぇ
おいでぇ おいでぇ おいでぇ
「………これ、まさか…」
「…うそ…」
二人して、互いに絶句する。
数年前、又はついさっき、襲われた悪夢の歌声。
おーにさんこーちら
てーのなるほうへー
こーたい
こーたい こーたいー こーたーい
おーにさんこーたい
にげたらだーめよー
こーたい
こーたーい こーたい こーたーい…
双葉の中に、初めて影時間を体感した日の悪夢が蘇る。
あの日見た、ぶよぶよの真っ黒いお化けが、すぐ側にいる。
ノイズの多重合唱が、じりじり迫ってくるのが分かる。
「…っつ…」
胸の奥に、鈍い痛みが走る。
数年前。
初めて影時間を体験し、歌うシャドウに追いかけられたあの日以来、影時間になると時折古傷が疼くようになった。
両親を失った、あの交通事故で出来た胸元の醜いアザ。
まるで鉄パイプか何かで抉ったような一文字の赤黒い傷跡が、胸元で痛みを伴い鼓動しているのが分かる。
長袖シャツの襟元から中を覗くと、普段はほとんど見えなくなっていた傷跡が月光に照らされてくっきり浮かんでいるのが分かった。
生々しい、過去の痛みの証。
「(…今日のは少し、強く痛む…)」
頭の中で自覚してしまうと、自然と表情が険しくなる。
背中が熱い。額に汗が滲んで、また少し気分が悪くなってきた…。
ファルロスが自分の胸元で不安げに身をすくめるの見て、双葉ははたと気付き、表情を正す。
「…大丈夫、大丈夫だよ。僕が…僕が君を守るから」
「…え?」
思いもかけなかった言葉に、ファルロスはきょとんと目を丸くする。
「…僕ね、ずっと、守ってくれる人がいた。
こんな恐ろしい事とかじゃなくて、普段の生活で、だけど…。
…多分、僕もね、君と同じだと思う…本当の両親、いないんだ。
親戚も、いとこも、皆僕を嫌ってた…。
でもね。
何の財産も無い、身よりもない僕を引き取って、本当の子供同然に、この歳まで大事に育ててくれた人がいた。
僕の、義理のお父さん。
学校でいじめられても、心ない人に色々言われても、あの人だけは…僕の味方だった。
いつでも話を聞いてくれて、慰めてくれて、大切にしてくれて…。
いつも思ってた。僕もああなりたいって。
誰かの力になれる、支えてあげられる、そんな大人になりたいって…。
あの日一人で苦しんでた僕を助けてくれたみたいに、僕も絶対君を守ってみせるよ。
だから心配しないで。泣かないで。大丈夫だから…ね?」
包み込むように抱きしめられて、ファルロスは込み上げてくる涙を必死に堪える。
分かってた。
分かってたんだ。
君は、僕の事を何一つ覚えていない。
それでも。
それでもいい。
君は、今僕を、守ろうとしてくれてる。
何の力も無いのに、見ず知らずの僕を抱きしめてくれてる。
やさしい君。
無力で、脆く、危うい。
でもその純粋さが何より愛おしい。
力が湧いてくる。
心の力。
君は、いつでも僕の一番ほしいものをくれる…。
『 おにさん また みーつけたー 』
ふいに頭上から降ってきたノイズに、二人は同時に顔を上げる。
白い仮面。無数の黒い腕。そして胴体に張り付いた無数の仮面…。
異様に伸びた黒いスライム上の胴体をぬめらせながら、おぞましい影がビルの谷間から二人を見下ろしていた。
逃げようと、ファルロスを抱いて駆け出す双葉の眼前を、無数の黒い腕が拳を叩きつけ土煙を巻き上げ退路を断つ。
「こ、こんなに近かったのか!?」
「…くっ…」
今はまだ僅かな力しか回復してない。
だけど…。
ファルロスが逡巡した瞬間、巨大シャドウの腕が何十本とすだれの如く二人の頭上に降りかかる。
双葉がファルロスを抱きしめたまま身をすくめると、二人を包むように光のカーテンが発生し、次の瞬間二人の姿はその場からかき消えていた。
トラックバックURL↓
http://3373plugin.blog45.fc2.com/tb.php/66-6a2f0c56
| ホーム |