その手に掴んだものは。
*
金属と、金属が、強く擦れ合う残響音がラボの中に響く。
耳に刺さる嫌な残響音が止むと、俺の眼前に立っていた堂島が憎々しげに俺の方へと顔を向けた。
「…何故止めた…!」
俺は答えられなかった。
理由など無い。
俺が、その光景を見たくなかっただけなのだ。
親友に、愛した女性の息子が斬り殺される様など。
シーサーの背中から滑り落ちるように床へ転がると、俺は今一度、目の前の現状を見つめていた。
意識がもうろうとして動けなかった俺の代わりに、瞬間的に立ち現れたスーリヤがフタバの眼前でクラオカミの剣撃を白羽取りしている。
スーリヤは剣を掌に挟んだままクラオカミの手からもぎ取り背後に投げ捨てると、掌底でクラオカミをいなし、相手がひるんだ瞬間に立ち消えた。
フタバは、突然現れた赤装束の幻影に表情を変える事も無く、放心したまま動く気配も無い。
俺はよろよろと立ち上がると、そっと双葉に近寄る。
体温がおかしい。寒いのに、背中が熱い。血が体内で沸騰しているようなのに、背中がゾクゾクしていた。
「止せ!近づくな!そいつは…」
「…俺の愛した人の息子だ。それ以外でも、なんでもねえ…」
堂島の制止を振り切り、酷い目眩を堪えながらフタバの前に膝を折り、目線を合わせる。
白髪ばかりになった頭髪、ほこりまみれの顔、薄汚れた白衣、虚ろな目…。
顔元は弛緩しきって表情を為さず、口端からとめどなく血が流れていた。
「…フタバ。帰ろう。ここから、一緒に出よう」
「 おじ ちゃん かえる の ?」
「ああそうだ。お前も一緒にだ。な、帰ろう」
「…… ・ ・・・・ ・・・・ 」
沈黙の後、フタバは笑った。
「 …や 」
「…?」
「 おそと……いや。
わるいひとが いっぱい いっぱい いっぱいいるから いや …」
「フタバ、そんなことは…」
「 ねぇおじちゃん ここで いっしょに いよう?
ねぇ ずっと ずっと ここで ずーーーっと いっしょ ね?」
強い寒気を伴って、オルフェウスがフタバの頭上に姿を為す。
全身に張り付いていた赤黒い肉塊の仮面はもう見あたらない。
しかし、先程堂島にやられた、痛々しい傷そのままのボロボロに朽ちた人形の姿で…。
『駄目です先輩!まだ戦う気です!!逃げてください!!!』
「…チッ、下がれ成瀬!!そいつはもう…!」
堂島が身構え、榎本が泣き声混じりに叫んでいるのが聞こえた。
だが、それも一瞬の出来事。
まばたきをする間に、全ては終わった。
「おじちゃん かえったら ひとり。
ペルソナは ぼく。 あのこは ぼく 。 もうひとりの ぼく…。
だから ぼくしかいない… だから ひとり。
ずっと ずっと ずっと ひとりぼっち それ なら …」
オルフェウスの黒く染まった仮面の額に、細かなひび割れが生じる。
それは直に仮面全体に広がり、オルフェウスの全身は痙攣を起こしフタバの頭上でその身を揺らす。
『…堂島さん!僕です狗神です!!死神が戦闘離脱しました!今、そっちのラボに向かってる模様です!引き付けておきたかったんですが、金森さんが戦闘不能状態になって…でも、回復次第そちらに向かいます!迎撃準備を…』
堂島の通信機から、部下の狗神が懸命に何事かまくしたてている。
それに連動するように、いきなり全身の毛を逆立ててシーサーが床に伏せて震え出す。
その間にも、オルフェウスは揺れていた。
全身のパーツが、ネジが、鋼の破片が床にこぼれ落ち、それは金属質の残響を残し、消えていった。
「 もう いいや もう どうでもいい …」
オルフェウスの仮面が、乾いた音を立てて完全に空中で砕け散る。頭が、全身が、光を帯びて弾け飛んだ。
光に目が眩み、身を竦ませる。
次に目を開くと同時に、俺の腕の中に、冷たい重みがのしかかった。
柔らかい石を抱き抱えているような奇妙な感触に、俺は己の選んだ選択の重さを思い知らされた。
フタバは、俺の腕の中に倒れていた。
うっすらと開かれた両目には、もう何も映っていなかった。
金属と、金属が、強く擦れ合う残響音がラボの中に響く。
耳に刺さる嫌な残響音が止むと、俺の眼前に立っていた堂島が憎々しげに俺の方へと顔を向けた。
「…何故止めた…!」
俺は答えられなかった。
理由など無い。
俺が、その光景を見たくなかっただけなのだ。
親友に、愛した女性の息子が斬り殺される様など。
シーサーの背中から滑り落ちるように床へ転がると、俺は今一度、目の前の現状を見つめていた。
意識がもうろうとして動けなかった俺の代わりに、瞬間的に立ち現れたスーリヤがフタバの眼前でクラオカミの剣撃を白羽取りしている。
スーリヤは剣を掌に挟んだままクラオカミの手からもぎ取り背後に投げ捨てると、掌底でクラオカミをいなし、相手がひるんだ瞬間に立ち消えた。
フタバは、突然現れた赤装束の幻影に表情を変える事も無く、放心したまま動く気配も無い。
俺はよろよろと立ち上がると、そっと双葉に近寄る。
体温がおかしい。寒いのに、背中が熱い。血が体内で沸騰しているようなのに、背中がゾクゾクしていた。
「止せ!近づくな!そいつは…」
「…俺の愛した人の息子だ。それ以外でも、なんでもねえ…」
堂島の制止を振り切り、酷い目眩を堪えながらフタバの前に膝を折り、目線を合わせる。
白髪ばかりになった頭髪、ほこりまみれの顔、薄汚れた白衣、虚ろな目…。
顔元は弛緩しきって表情を為さず、口端からとめどなく血が流れていた。
「…フタバ。帰ろう。ここから、一緒に出よう」
「 おじ ちゃん かえる の ?」
「ああそうだ。お前も一緒にだ。な、帰ろう」
「…… ・ ・・・・ ・・・・ 」
沈黙の後、フタバは笑った。
「 …や 」
「…?」
「 おそと……いや。
わるいひとが いっぱい いっぱい いっぱいいるから いや …」
「フタバ、そんなことは…」
「 ねぇおじちゃん ここで いっしょに いよう?
ねぇ ずっと ずっと ここで ずーーーっと いっしょ ね?」
強い寒気を伴って、オルフェウスがフタバの頭上に姿を為す。
全身に張り付いていた赤黒い肉塊の仮面はもう見あたらない。
しかし、先程堂島にやられた、痛々しい傷そのままのボロボロに朽ちた人形の姿で…。
『駄目です先輩!まだ戦う気です!!逃げてください!!!』
「…チッ、下がれ成瀬!!そいつはもう…!」
堂島が身構え、榎本が泣き声混じりに叫んでいるのが聞こえた。
だが、それも一瞬の出来事。
まばたきをする間に、全ては終わった。
「おじちゃん かえったら ひとり。
ペルソナは ぼく。 あのこは ぼく 。 もうひとりの ぼく…。
だから ぼくしかいない… だから ひとり。
ずっと ずっと ずっと ひとりぼっち それ なら …」
オルフェウスの黒く染まった仮面の額に、細かなひび割れが生じる。
それは直に仮面全体に広がり、オルフェウスの全身は痙攣を起こしフタバの頭上でその身を揺らす。
『…堂島さん!僕です狗神です!!死神が戦闘離脱しました!今、そっちのラボに向かってる模様です!引き付けておきたかったんですが、金森さんが戦闘不能状態になって…でも、回復次第そちらに向かいます!迎撃準備を…』
堂島の通信機から、部下の狗神が懸命に何事かまくしたてている。
それに連動するように、いきなり全身の毛を逆立ててシーサーが床に伏せて震え出す。
その間にも、オルフェウスは揺れていた。
全身のパーツが、ネジが、鋼の破片が床にこぼれ落ち、それは金属質の残響を残し、消えていった。
「 もう いいや もう どうでもいい …」
オルフェウスの仮面が、乾いた音を立てて完全に空中で砕け散る。頭が、全身が、光を帯びて弾け飛んだ。
光に目が眩み、身を竦ませる。
次に目を開くと同時に、俺の腕の中に、冷たい重みがのしかかった。
柔らかい石を抱き抱えているような奇妙な感触に、俺は己の選んだ選択の重さを思い知らされた。
フタバは、俺の腕の中に倒れていた。
うっすらと開かれた両目には、もう何も映っていなかった。
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