子守歌が聞こえる。
*
『思い出してみろよ。お前、ずっと暖かい飯を作ってくれる『母親』が欲しかったよな?いつでも自分の方を見て、自分の話を聞いてくれる『父親』がいてくれたら、と思ってたろう?金遣いの荒くない、なおかつ自分だけを見て自分に寄り添ってかいがいしく仕える『妻』が欲しかった!違うか陽一!?』
「!………」
『…そうだよな、双葉は丁度良かったよな。自分以外に頼る者縋る者もいない、記憶が無いから何とでも吹き込み放題、しかも顔も容姿も惚れ抜いた女そっくり、惜しむらくは男、だった事だけだが。だが、ある意味息子で良かったのかも知れん。あいつが女だったとして、養父が養女に懸想したなどとあっては、死んでも死に切れんだろうしなあ』
顔が紅潮しているのが嫌でも分かった。
違う、違う、俺はそんな自己満足のために双葉を引き取ったのではない。
俺は、俺は、俺はあいつを少しでも幸せにしてやりたくて、暖かい世界を教えてやりたくて…。
『…綺麗事、だな?陽一よ。だがそれなら、なおのこと双葉を救ってやらねばな?今際くらい、きちんと自分の罪を精算して双葉に詫びの一言でも言ってやれ。チャンスをやるからさ』
「チャンス…」
『そう、死神の影から、双葉を救える、たった一度のチャンスをくれてやる。二度は無い。どちらにしろ、俺達は明日の朝、死ぬのだから』
目の前に居たはずの「もう一人の俺」の像が、暗闇に溶けて歪み、捻れ、消える。
周囲にモヤが立ち込め、一寸先も見えない灰色の霧中に取り残される。
何も。
何も見えない。
不安に駆られる俺の眼前へ急に眩しい光が射し込み、目を逸らす。
世界が、突然実像を成し俺の眼前に立ち現れる。
…
………
…………。
「ここは…」
古びたアパート。
俺達の最初の家。
悪夢の舞台。
だが、目が眩むほどに日差しの暖かい、日当たりのいい部屋…。
あいつが、高校生姿の双葉がいる。
洗濯物をたたんで、一人居間の畳の上にちょこんと座っている。
子守歌を、口ずさみながら。
腕に抱えた「何か」を、愛おしげに、見つめながら。
双葉の背中越しに見える、一抱えもある白い布の塊。
赤ちゃんの、おくるみ。
ふいに、子守歌が止んだ。
「おかえり、おとうさん」
腕にひしと、大事そうにおくるみを抱えたまま背中越しに振り返り、双葉は聖母の微笑を浮かべて俺を見上げていた。
『思い出してみろよ。お前、ずっと暖かい飯を作ってくれる『母親』が欲しかったよな?いつでも自分の方を見て、自分の話を聞いてくれる『父親』がいてくれたら、と思ってたろう?金遣いの荒くない、なおかつ自分だけを見て自分に寄り添ってかいがいしく仕える『妻』が欲しかった!違うか陽一!?』
「!………」
『…そうだよな、双葉は丁度良かったよな。自分以外に頼る者縋る者もいない、記憶が無いから何とでも吹き込み放題、しかも顔も容姿も惚れ抜いた女そっくり、惜しむらくは男、だった事だけだが。だが、ある意味息子で良かったのかも知れん。あいつが女だったとして、養父が養女に懸想したなどとあっては、死んでも死に切れんだろうしなあ』
顔が紅潮しているのが嫌でも分かった。
違う、違う、俺はそんな自己満足のために双葉を引き取ったのではない。
俺は、俺は、俺はあいつを少しでも幸せにしてやりたくて、暖かい世界を教えてやりたくて…。
『…綺麗事、だな?陽一よ。だがそれなら、なおのこと双葉を救ってやらねばな?今際くらい、きちんと自分の罪を精算して双葉に詫びの一言でも言ってやれ。チャンスをやるからさ』
「チャンス…」
『そう、死神の影から、双葉を救える、たった一度のチャンスをくれてやる。二度は無い。どちらにしろ、俺達は明日の朝、死ぬのだから』
目の前に居たはずの「もう一人の俺」の像が、暗闇に溶けて歪み、捻れ、消える。
周囲にモヤが立ち込め、一寸先も見えない灰色の霧中に取り残される。
何も。
何も見えない。
不安に駆られる俺の眼前へ急に眩しい光が射し込み、目を逸らす。
世界が、突然実像を成し俺の眼前に立ち現れる。
…
………
…………。
「ここは…」
古びたアパート。
俺達の最初の家。
悪夢の舞台。
だが、目が眩むほどに日差しの暖かい、日当たりのいい部屋…。
あいつが、高校生姿の双葉がいる。
洗濯物をたたんで、一人居間の畳の上にちょこんと座っている。
子守歌を、口ずさみながら。
腕に抱えた「何か」を、愛おしげに、見つめながら。
双葉の背中越しに見える、一抱えもある白い布の塊。
赤ちゃんの、おくるみ。
ふいに、子守歌が止んだ。
「おかえり、おとうさん」
腕にひしと、大事そうにおくるみを抱えたまま背中越しに振り返り、双葉は聖母の微笑を浮かべて俺を見上げていた。
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