微妙な違和感。
*
………
………
……………。
『気がついた?』
聞き慣れた優しい男の声に、気が遠のきかけていた双葉ははたと目を開け辺りを見回した。
古めかしい廃ビルの谷間。背中には硬い感触。鼻先を錆びた鉄の匂いが掠める。
横倒しになっていた身体を起こし、頭上を見上げると満月が緑色のモヤに翳んで揺れていた。
しましまパジャマの男の子。
化け物の合唱。
無数に伸びてきた黒くぬらつく手。
眩しい閃光に気を失いかけて…。
『…ひとまず、さっきの巨大シャドウからは逃走出来たようだよ。安心して。急ぎだったんで、エスケープロードの救出ポイント設定がずれて合流するのに時間がかかっちゃったみたいで』
「・・・わっ!だ、誰」
先程の男の声がする。
薄暗い、汚れたポリタンクの物陰から、声がする。
…よく見ると、二つの眼光がくっきりと月光の下で光っている。
「………え?」
物陰から現れた声の主を視認し、双葉は絶句した。
声の主は、きょとんとしている双葉に音一つ立てずそろりと近寄る。
『気分はどう?くらくらしてない?気を失ってたのはほんの数分だから、敵もすぐには周辺をサーチして位置を特定などできないはずだ。でも油断出来ないから、すぐにでもここを…』
「…犬が、しゃべってる…」
双葉が目を丸くしぽつりと呟くと、やたら饒舌だったゴーグル装備レトリバーの表情が唐突に固まった。
『・・・・・あ、まずっ』
その迂闊な間の取り方。間延びした声の調子。やはりそっくりにしか聞こえない。
「シーサー?シーサーなの!?…なんで?なんで榎本さんの声で喋ってるの??ていうか、腹話術?何コレ?!今までどこで何してたの?そもそも家でいなくなったと思ってたのに…飼い主にそっくりに喋れ…いやでも動物がここまで饒舌に人の言葉を介するなんて聞いたことが…」
あからさまに動揺しているようで、喋る犬=シーサーはおろおろと四方に目線を泳がせ右往左往している。
『ちょっ、そんな待っ…ああ、げふんげふん…』
「やっぱり。やっぱり喋った」
『ああ、ちょっ…そんなイジメないでよ双葉君…実はね、僕、エーと、その、喋れる犬な訳。だから、普段声出さないし吠えないし』
「………」
『今も、君の事心配してる榎本のオニーサンがすぐそこまで来てるから、連れて行ってあげるよ。ね、だから付いてきて』
「………」
『……世界がこれから終わるのを眺めているような、そんな不信と悲しみの目で見ないでください…』
シーサーが気まずげに首をすくめるのと同時に、前方のビルの物陰からおそるおそる、伏し目がちにしょぼくれた顔で榎本が双葉の前に姿を現した。
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