虚空に飛ぶ。
*
風がうねる。
人の腕を模した無数の黒い軟質の蛇が、こちらに矢の如く向かってくる。
先の刃こぼれした大剣が、虚空に閃く。
数十と弾丸のように飛び込んできた漆黒の拳が、関節の無い指が、空に向かって切り離され、舞い、無惨なうめき声と共に滅する。
「飛ぶよ」
死神が短く囁く。
身体が浮く。
無造作に抱き上げられたすぐ傍らには、青ざめた少年の姿があった。
*
『愚者』の追い立てる咆吼を背にしながら、ファルロス=死神は動きの取れない人間二人を抱えてビルの屋上から屋上へと飛び移り、敵の様子を伺っていた。追いかけられているものの、スピードはこちらが上らしい。階下の舗道や車道はびっしりシャドウの気配で埋まっている。しばらくはこのまま煙に巻く他なさそうだ。
『おじさん、もう平気?』
「…あ、ああ…あああ、あの、ありがと…」
『いいよ、ついでだから』
死神の大きな指先に辛うじて掴まりながら、榎本は絶えず地上数十メートルを上下左右に移動する現状にジェットコースター以上の恐怖を覚えているようだ。
「ああ、あの…」
『何とでも呼べばいいよ。面倒なら、デスとでも』
「じゃ、じゃあデス。これから、一体どうする気…」
『あいつを倒す。今、日付が変わった。だけど影時間が終わらない。あいつ、無理矢理に時空を歪めている…脱出するなら倒す以外方法が無い。だから力を貸して。正直、今の体力じゃ捕まるのは時間の問題だからね。
…教えて。今、どこか地上に降りられるポイントは在る?』
「え、ええとそれはこの状況で僕にサーチしろってこと?無理無理無理。というか、サーチをわざわざしなくたってどこもかしこも」
『定員満タン?しょうがないな…なら質問を変えるよ。どこか、双葉を休ませるか、治療できる場所は無い?今のままじゃ、僕よりも双葉がもたない』
死神=デスの言葉で、榎本はやっと我に帰る。デスの腕に深々と抱かれている少年の表情は険しく、既に唇まで蒼白になっていた。
『心の中でずっとうわごとを言ってる。過去の記憶が洪水のように溢れ出そうとしているのを、無意識で理性が必死に押し止めている。けど、その歯止めが無くなったら、双葉はきっと苦痛の記憶に押し潰される。
そうなったら、僕はどれだけ優勢であっても一瞬にして力を失い、具象化する事すら出来なくなる。…なにせ、ベースがペルソナなんでね。彼の自我無くして僕は世界に干渉出来ないんだ』
「………」
そうだ。僕は誓ったじゃないか。
命を守ると。
また、僕は自分の事ばかり考えていた…。
揺れる腕の中で、悪夢にもだえる双葉の額を拭うと、微かなうわごとが蒼く染まった唇からこぼれた。
「 とー さん おとー さ ん … 」
「双葉君…」
心配しそっと耳元に囁くと、双葉の表情から一瞬不安が消え、次に悪夢が彼の全身を激しく震わせた。
「!?」
「 やめて ぶた ない で ぼく いいこ に いたい いた い…」
じきに暴れるのを止め、苦悶に顔を歪め、身をちぢこませ、涙をこぼす双葉の寝顔に、榎本は頭の一部がさあっ、と冷たくなるのが分かった。
それは「お義父さん」じゃない。
「お父さん」の記憶。
理不尽に自分を殴り続けた、実の父の記憶。
『もう何も言わなくても分かるよね。何故、僕が貴方を助けたのか。…僕らの義父さんにもう頼れない今、貴方しか双葉を救えないから…。僕が出来るなら、苦痛を全て代わってあげたい。でも、僕に出来るのは、現実の脅威を退けるだけ。
だからお願い。力を、貸して』
榎本は黙ったまま、双葉の手を握り意識を集中させた。いつの間にか、偏頭痛は消えている。
揺れていた視界が、在る場所にフォーカスされ、クリアになる。
「…あった。あそこに取り壊し中の古びた教会があるの、分かるかな?その裏に児童公園があるはずだ。あそこの周囲だけ、動きの鈍いマーヤの群れしかいない。一気に蹴散らしてしまえば…!」
『オッケイ、充分だ。降りるよ!』
背の低いビルの壁面から一気に飛び降り、アーケードの錆びた鉄骨をきしませて、デスは大きくジャンプすると地上へと一気に急降下した。
風がうねる。
人の腕を模した無数の黒い軟質の蛇が、こちらに矢の如く向かってくる。
先の刃こぼれした大剣が、虚空に閃く。
数十と弾丸のように飛び込んできた漆黒の拳が、関節の無い指が、空に向かって切り離され、舞い、無惨なうめき声と共に滅する。
「飛ぶよ」
死神が短く囁く。
身体が浮く。
無造作に抱き上げられたすぐ傍らには、青ざめた少年の姿があった。
*
『愚者』の追い立てる咆吼を背にしながら、ファルロス=死神は動きの取れない人間二人を抱えてビルの屋上から屋上へと飛び移り、敵の様子を伺っていた。追いかけられているものの、スピードはこちらが上らしい。階下の舗道や車道はびっしりシャドウの気配で埋まっている。しばらくはこのまま煙に巻く他なさそうだ。
『おじさん、もう平気?』
「…あ、ああ…あああ、あの、ありがと…」
『いいよ、ついでだから』
死神の大きな指先に辛うじて掴まりながら、榎本は絶えず地上数十メートルを上下左右に移動する現状にジェットコースター以上の恐怖を覚えているようだ。
「ああ、あの…」
『何とでも呼べばいいよ。面倒なら、デスとでも』
「じゃ、じゃあデス。これから、一体どうする気…」
『あいつを倒す。今、日付が変わった。だけど影時間が終わらない。あいつ、無理矢理に時空を歪めている…脱出するなら倒す以外方法が無い。だから力を貸して。正直、今の体力じゃ捕まるのは時間の問題だからね。
…教えて。今、どこか地上に降りられるポイントは在る?』
「え、ええとそれはこの状況で僕にサーチしろってこと?無理無理無理。というか、サーチをわざわざしなくたってどこもかしこも」
『定員満タン?しょうがないな…なら質問を変えるよ。どこか、双葉を休ませるか、治療できる場所は無い?今のままじゃ、僕よりも双葉がもたない』
死神=デスの言葉で、榎本はやっと我に帰る。デスの腕に深々と抱かれている少年の表情は険しく、既に唇まで蒼白になっていた。
『心の中でずっとうわごとを言ってる。過去の記憶が洪水のように溢れ出そうとしているのを、無意識で理性が必死に押し止めている。けど、その歯止めが無くなったら、双葉はきっと苦痛の記憶に押し潰される。
そうなったら、僕はどれだけ優勢であっても一瞬にして力を失い、具象化する事すら出来なくなる。…なにせ、ベースがペルソナなんでね。彼の自我無くして僕は世界に干渉出来ないんだ』
「………」
そうだ。僕は誓ったじゃないか。
命を守ると。
また、僕は自分の事ばかり考えていた…。
揺れる腕の中で、悪夢にもだえる双葉の額を拭うと、微かなうわごとが蒼く染まった唇からこぼれた。
「 とー さん おとー さ ん … 」
「双葉君…」
心配しそっと耳元に囁くと、双葉の表情から一瞬不安が消え、次に悪夢が彼の全身を激しく震わせた。
「!?」
「 やめて ぶた ない で ぼく いいこ に いたい いた い…」
じきに暴れるのを止め、苦悶に顔を歪め、身をちぢこませ、涙をこぼす双葉の寝顔に、榎本は頭の一部がさあっ、と冷たくなるのが分かった。
それは「お義父さん」じゃない。
「お父さん」の記憶。
理不尽に自分を殴り続けた、実の父の記憶。
『もう何も言わなくても分かるよね。何故、僕が貴方を助けたのか。…僕らの義父さんにもう頼れない今、貴方しか双葉を救えないから…。僕が出来るなら、苦痛を全て代わってあげたい。でも、僕に出来るのは、現実の脅威を退けるだけ。
だからお願い。力を、貸して』
榎本は黙ったまま、双葉の手を握り意識を集中させた。いつの間にか、偏頭痛は消えている。
揺れていた視界が、在る場所にフォーカスされ、クリアになる。
「…あった。あそこに取り壊し中の古びた教会があるの、分かるかな?その裏に児童公園があるはずだ。あそこの周囲だけ、動きの鈍いマーヤの群れしかいない。一気に蹴散らしてしまえば…!」
『オッケイ、充分だ。降りるよ!』
背の低いビルの壁面から一気に飛び降り、アーケードの錆びた鉄骨をきしませて、デスは大きくジャンプすると地上へと一気に急降下した。
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